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2009年04月07日
金沢旅行 【武家屋敷跡】
金沢旅行のこぼれ話。
ホテルのラウンジで、コーヒーを飲んでいたんですけど、コーヒーを運んできてくださったウエイトレスの方が、あまりに背が高くて、綺麗だったので、思わず注目しちゃったんです。
そして、アヒル村長さんがそのウエイトレスの名札に気がついて、とてもびっくり。
だって、『前田』さんだったんですよ。
加賀藩のご当主は前田家。もしかして、ご子孫?
前田家のご子孫(←もしかしたら)にコーヒーを運んでいただけるなんて、光栄ですm(u_u)m
でも、違偶然でしょうね。



間があいてしまいましたが、金沢旅行のお話です。

2日目の午後は、武家屋敷跡です。

金沢の武家屋敷跡って、すごいんですよ。

武家屋敷跡

武家屋敷街がしっかり残っているのって、すごくないですか?

しかも、この石畳の道も昔からなのかなって思わせる感じが素敵ですよね。

人の流れが止まると、静かな時間が流れていて、道の向こうから江戸時代の人が歩いてくるんじゃないかと思うほどでした。

ほとんどのお宅は、実際に住んでいらしたり、お店として利用されたりしていました。


ですが、野村家武家屋敷は、見学できました。

この野村家とは、加賀藩の末森城が佐々成政治に攻め込まれた際に、活躍した野村伝兵衛の家です。

活躍していた方の武家屋敷ってもっと大きいと思っていたのですが、想像とは違っていました。

お屋敷としては、大きいのですがね。

蔵もあるし、茶室もあるし。でも、もっともっと大きいのかと思っていました。

でも、お屋敷自体は立派でしたよ。

野村家 野村家
野村伝兵衛氏が使用した鎧 謁見の間
野村家 野村家
前田家当主の掛け軸 


武家屋敷には、謁見の間があるんですよ。

そして、謁見の間の脇は、今こそ仕切りがないですが、当時はふすまがあり、家来の方が潜んでいたそうです。

こういうお屋敷を見るのは初めてだったので、謁見の間があるのも、その部屋の横に潜んでいたスペースがあるもの、感動でした。

戦国時代も江戸時代も命懸けだったんですね。

そういうことが実感できたことがとても嬉しかったです。


武家屋敷を後にして、今度は同じ武士でも足軽資料館を訪問です。

足軽の方って、歴史の中であまり出てこない生活がどんなものだったのかわからなかったのですが、訪れて、驚きました。

足軽の方って、江戸時代になるとほとんど仕事がなくて、いろいろな副業をしていたようです。

訪れたところの方のご先祖は、飛脚をなさっていたんですって。

さて、そんな方のお宅とはどんなところかというと。

足軽資料館 足軽資料館

平屋の一戸建て、庭付きですよ。

加賀藩の足軽の方は、恵まれていたんだそうです。

他の藩では、足軽の方は長屋にしか住めなかったそうです。

さすがは、加賀百万石ですね。

そんな恵まれた環境の足軽の方の生活はというと。

足軽資料館 足軽資料館
長持 当時の食事の風景
足軽資料館 足軽資料館
座敷 台所

時代劇なんかで、こんな生活風景見たことある気がしませんか?

中には、内職部屋兼勉強部屋などもあり、当時の生活を感じられる部屋がありました。

そして、足軽といえども武士なので、子供への教育は武士としての教育だったようです。

平和になった江戸時代、武士としての仕事がなくなっても、武士としての誇りを忘れないなんてすばらしいですね。

転職が当たり前の現代では、理解しがたいかもしれませんね。


そして、注目すべきは、生活ぶりだけでなく、ここも。

足軽資料館

屋根、見えますか?

屋根には、規則的に石が乗せられているんです。

これは、瓦屋根が買えなかったので、瓦の代わりだそうです。


ちなみに、二件の足軽の方の家が展示されてたのですが、1件は、最近まで住まれていたんですって。

それには、驚きを隠せませんでした。

このような家を保存しつつ、生活していたのだと思うと、並大抵の苦労じゃなかっただろうなと思ってしまいました。

こういう歴史あるものを保存してくださっていたことに感謝します。


この日は、資料館がどこも閉館時間になってしまったので、足軽資料館の後は、ホテルへと帰りました。

金沢の歴史を満喫する1日でした♪


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よかったら、遊びに来てください\(^o^)/

【 2009/04/07 00:45 】

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